AV女優に質問「なぜAV女優になろうと思ったんですか?」
世間では普通でないと思われているからこそ、「なぜAV女優になったのか?」が気になります。
でも、人気AV女優の「AV女優になった理由」を知ると、共感できる部分もたくさんあるのです。
見出し
AV女優になるきっかけは様々
少し前までは、AV女優になる女性は非常にお金に困っている女性、悪い環境で幼少時代を過ごしたために社会に適応できずAV女優になるしかなかった女性など、ネガティブな理由でAV女優になる女性ばかりだったものです。
しかし、最近はポジティブな理由からAV女優になる女性が多くなっています。
たしかに、今でも借金などのネガティブな理由から出演をしている女性もいないわけではありませんが、決してそのような理由ばかりではなく、様々な理由が見られるようになったことに注目したいものです。
人気を博した女優たちが、「裸心」という本でAV女優になった理由を饒舌に語っています。
なぜAV女優になったのかを見ていくと、その理由には色々なものがあることが見えてきます。
芸術的観点からエロを追求したい
出典http://www.dmm.co.jp/
大塚咲は2004年に小野沙樹名義でデビューしたAV女優です。
正式に引退を表明しているわけではありませんが、2012年の出演が最後の出演であり、最近はもっぱら写真家として活動しています。
企画単体女優として大ブレイクした彼女がAVになろうと思ったきっかけは少し変わっています。
普通の女優がお金や有名になりたい思いや、セックスが好きだからという気持ち、特定のAV女優にあこがれる気持ちなどからAV女優になる事が多いのに対し、大塚咲は芸術的観点からAV女優になることを決意しています。
進学校に通っていたものの、高校2年生の時に中退した大塚咲は、単位制高校で高校卒業の資格を取った後、特にやりたいことも見つからずに自宅に引きこもるようになりました。
自分は一体何がしたいのかと考えた結果、絵を書くのが好きだと言うことから絵の勉強がしたいと思うようになりました。
しかし絵は好きだから書くのであってはたして学ぶものなのか?などと考え悩み抜いた結果、ヘアメイク学校に通うことになります。
半年間のコースがあるメイクの学校でした。
半年の過程を終えると就職になりますが、色々なルートをたどってイメージDVDのメイクとして働くことになります。
大塚咲が18歳になったばかりのことです。
メイク業を始めてはみたものの、これが自分という人間を表現できる世界であるとは思えなかったため、独学で絵を学ぶなどもがいていた時期を過ごすことになります。
自己表現がしたいという欲求が強くなっていくにつれて、自分が興味を持っており尚且つ自己表現ができるものは「エロ」と「アート」がリンクするようになりました。
オナニーは小学2年生からしており、高校時代に6Pの経験もあることからわかる通りに彼女は「エロ」に興味があり、これが「アート」と結びつくのは当然のことだったのかもしれません。
しかし、海外ではエロとアートをリンクさせて考える考え方は一般的ですが、日本ではあまりなじみがないため、日本でそれをストレートに表現できる場所はどこかと考えた結果、AVにたどり着きました。
彼女は新宿に行って自分からスカウトマンに声をかけ、事務所に所属し、AV女優になりました。
自分でもよくわからない
出典http://www.dmm.co.jp/
かすみ果穂は、なぜ自分がAV女優になったのかよくわからない、今だったら絶対にやっていないと思うと語っています。
これはAV業界そのものへの嫌悪の表れと言うのではなく、家族と溝ができてしまったことに対する後悔でしょう。
彼女は、2005年にAVデビューをしています。
もうかれこれ約10年も単体女優として活躍し続けているため、間違いなく業界のトップ女優と言うことができるでしょう。
高校を卒業した彼女は、犬のトリマーの専門学校に通います。
専門学校を卒業する少し前のこと、もう就職も決まって研修にも出ていたのですが、1回だけAVに出演して辞めようと思い、挑戦してみました。
人生の経験として1回出演するくらいならば、もし嫌な経験であったとしてもあやまちとして処理することもできると思っていたのですが、予想に反して長く続けることになってしまいました。
きっかけは小学校と中学校の同級生で最も中の良かった友達がピンサロ嬢をしており、もっと効率良い稼ぎ方を探したところ、スカウトマンからAVを紹介されたことにあります。
かすみ果穂は当時は地味な専門学生だったであり、AV業界の内情などはほとんど知らない女性だったのですが、同時に好奇心の強い性質も持っていたため、AVに興味を持ちました。
また、セックスに対する興味は常に持っており、学びたいという思いを持っていたため、少しエッチの勉強をしにいこうという気持ちで、友達からスカウトマンを紹介してもらいました。
スカウトマンに対してAV業界の興味ある部分をどんどん質問していたところ、もっと詳しい人から話を聞かないかと誘われ、事務所に行きました。
事務所は恵比寿の清潔感あるオフィスであり、受付には笑顔の女性が織り、想像していたようなあやしさがなかったため安心しました。
そして、業界について色々説明してくれたのが、今の所属事務所の社長でした。
当時は今に比べると、まだAVに非常に興味がある女性というのはそれほど多くはありませんでしたから、彼女のようにAVに興味ある女性は逃す手はないと思ったのでしょう。
説明を聞いていたら面接シートを書くように指示され、書き終えると写真を撮られ、言われた通りにこなしていきました。
そして別の日に宣材として裸の写真を撮られましたが、メイクされることが嬉しく、自分がモデルになったような気分で興奮の連続でした。
宣材ができるとAVメーカーに面接行ったところ、いきなり12本の専属契約が決まりました。
こうして、始めは1本だけ体験的に出演してみたいという軽い気持ちであったかすみ果穂は、少なくとも1年間はAV女優を続けなければならないこととなり、決まっていた就職も辞退し、それから今に至るまでトップ女優として歩むこととなりました。
有名なAV女優のデビューのきっかけを見てみると、明確な目標をもってAV女優になっている女性が多い中、かすみ果穂のように明確なきっかけがないままにAV女優になった女性もいます。
AV女優になるのが夢だった
出典http://www.dmm.co.jp/
初めからAV女優になりたいという意志を持ってAV女優になっている人も少なくありません。
ここでは藤井シェリーを挙げましょう。
藤井シェリーは2008年にデビューしたAV女優であり、2014年9月からはShelly名義で活動しています。
彼女は高校在学中から、卒業したらAV女優になると決めていました。
中学くらいから進路相談の時などに色々な職業や進路について調べるようになったものの、どの職業もしっくりこず将来の夢がなかった彼女にとって、高校1年生の時に見たAVが印象深く、その作品に出演していたAV女優のキレイさ・スタイルの良さ・エロさに憧れを抱いたのです。
また、生まれてきたからには伝説を残すような仕事がしたいと言う気持ちもあり、AV女優になりたいという気持ちを持つようになったのです。
そしてレゲエダンスを習っていた時、AV女優のスカウトマンと知りあいのダンス仲間がおり、偶然そのスカウトマンがAV女優になりたい女性を探しているという話を聞きました。
彼女は迷うことなくそのスカウトマンに頼み、AVデビューすることとなりました。
人との深いつながりを求めて
出典http://www.dmm.co.jp/
AV女優の中には、ポジティブな理由からAv女優になる女性が多い中、ネガティブな理由からAV女優になる女性もいます。
今ではそのような女性は少数派となっていますが、10年くらい前はやはりそのような女優も少なくありませんでした。
範田紗々もそのような家庭に育った一人です。
今では家庭が崩壊したようなAV女優は少なく、もしそうであったとしてもポジティブな理由からAV女優になっている女性の方が多いのですが、AV女優になる一例として範田紗々を挙げておきましょう。
また、範田紗々といえば超人気女優の一人ですから、好例と言えるでしょう。
範田紗々は、2006年にソフトオンデマンドから専属デビューを果たし、2010年に引退するまでトップ女優として活躍したAV女優です。
人気があるうちに引退することができたことを見てもAV女優としては抜群の成功を収めたと言えますが、それ以降もタレントとして活動をしています。
バラエティ番組、ドラマ、映画など活動範囲は広く、現在のAV女優たちが一般に受け入れられるために大きな貢献をしていると言えます。
範田紗々の家庭は崩壊していました。
父親は母親に暴力をふるい、母親は育児放棄し時に範田紗々に対して「あなたなんか産まなければよかった」という言葉を投げかけ、そのような家庭環境で妹の素行は悪かったといいます。
しかし、範田紗々はそのような環境で素行が悪くなると言うことはなく、ただ内気な女性であったそうです。
彼女のインタビューを見てみると、他のAV女優が自分のことを快活に語っており、このような「饒舌なAV女優」が増えたのは最近顕著な傾向でもありますが、範田紗々は饒舌ではなく、時に情緒不安定にさえ感じられます。
これがポジティブに業界入りした女性と、ネガティブに業界入りした女性の違い化のようにも見受けられます。
彼女はそのような家庭で育ち、進路相談にも家族が来ることはなく、なんとなく短大に進学したものの1ヶ月で自主退学しています。
その後引きこもりになりましたが、これでは駄目になると思って一人暮らしをする決心をしました。
一人暮らしを始めた当初、複数のアルバイトを掛け持ちしていた範田紗々は、渋谷で芸能事務所からスカウトをされました。
多少のあこがれはあったことためにスカウトに応じ、グラビアアイドルとしてデビューをしました。
ミーハーである彼女の母親はそれを喜び、彼女にとってはそれが嬉しかったようです。
さらに、江川達也監督の映画「東京大学物語」に出演したときにヌードになり、その後AV出演のオファーがきました。
AVのオファーに対しては、ヌードになった後のことであるため、それほど抵抗はなかったそうです。
しかし、これ以上に大きな動機となったのは、ソフトオンデマンドのプロデューサーが範田紗々に惚れ込み、「引退するまで必ず面倒を見る」と言ってくれたことだといいます。
人と人とのつながりに飢えていた彼女は、このように親身になってもらえることを喜び、AV女優になろうと思いました。
その後も、人気女優の彼女は家族のように親しくしてくれるスタッフに囲まれながら、また心に潤いを得ながらAV女優として活動していくことになります。
借金を返すため
出典http://www.dmm.co.jp/
AV女優になろうとする理由の一つとして、今も昔も大きなものはやはり「お金」です。
もっとも、ギャラが低下した現代では、AV女優になることで稼げるギャラは確実に少なくなっているのですが、それでもお金を求めて業界入りする女性は少なくありません。
もちろん、借金を抱えてAV女優になる女性もいますが、注意したいのはお金に困ってAV女優になると言う選択が正しいとはいえないことです。
確かに、AV女優として働く女性が少なかった昔は、脱ぐ覚悟さえあればAVに出演して容易に稼ぐことができました。
しかし、今はAV女優の数が非常に多くなり、もはや供給過多の状態となっているため、裸になる覚悟がある女性でもほとんど稼げないケースも多く、借金返済のためにAV女優になったとしても、全く借金返済に繋がらない可能性もあるのです。
佐伯奈々も借金に悩んで脱ぐことを決意した一人です。
彼女がデビューした2007年はまだ今よりも稼ぎやすい業界であり、また彼女は時代の要求に応えるようにブレイクすることができたため、実際にたくさんのお金を稼ぐことができました。
彼女が特徴的なのは、ガチのアスリートだと言うことです。
小学3年生からバドミントンをしており、抜群の才能を発揮して小学校で全国大会優勝、中学校で全国3位、高校で全国2位という優れた結果を残しています。
その結果をもとに体育の教員になるため、地元の体育大学に通います。
しかし、体育大学のバトミントン部において、彼女は優れた実績を残していたために嫉妬の的となり、酷いいじめを受けるようになり、やがて不登校になりました。
学校を辞めたいと思っても親がそれを許さなかったために不登校になったのですが、そんな彼女の心を慰めたのがホストクラブです。
ネットワークビジネスで小金を作ってホストに通う生活が始まりましたが、この夜遊びを通じてある友人と出会います。
その友人の名前を仮にAとしておきましょう。
Aも佐伯奈々と同様にホストにハマっている女性でしたが、不細工で友達もいなかったAは佐伯奈々に目を付け、一緒にホストクラブに行く友達になろうとしました。
その際にホストクラブで支払うお金は全てAが負担すると言ってきたため、もとより佐伯奈々としても友達にならない理由もありません。
Aはお金を出すことでしか友達を作る方法を知らない駄目女でした。
それからは、Aの登場で無料でホスト遊びをするようになったのですが、いつも一緒にいるならば家賃は自分が払うから一緒に住もうという提案によって、Aと同棲するようになりました。
しかし、このAが後の佐伯奈々の運命を大きく変えることとなります。
Aはホスト遊びのお金や家賃代を借金によって作っていたのです。
ある日、その家にAの親と兄弟が押しかけてきました。
その時、すでにAは365万円の借金を抱えており、それが佐伯奈々の口車に乗せられて作った借金であると信じ込んだAの家族が佐伯奈々を攻めたのです。
365万円は全額返すこと、毎月40万円は返すことを半ば強引に承知させられました。
しかし、毎月40万円といえば大金です。
大学も卒業していない彼女に到底支払える額ではありません。
彼女は当初ラウンジでバイトして稼ごうとしましたが、月に20万円稼ぐのが精いっぱいでした。
そこで知り合いのスカウトマンに相談したところAVを紹介され、AV女優に挑戦することになりました。
彼女は、その時スカウトマンに風俗を勧められたのであれば、AV女優ではなく風俗を選んだだろうと語っています。
自らの意志でAV女優になったのではなく、借金を理由にAV女優になろうと思った一例です。
とにかくエロいことがしたかった
出典http://www.dmm.co.jp/
水野つかさは2010年にデビューしたAV女優です。
彼女の例を見てみましょう。
彼女は良い家庭で育った女性であり、不幸さは微塵もありません。
また、教育熱心な両親の影響で文学少女に育ち、頭は非常によく、高校は都内有数の進学校に進学し、大学も偏差値が高い大学として知られる首都大学東京に進学しています。
大学での講義も真面目に受けていた彼女は、ある日バイトに行く途中にスカウトされます。
なんとなくついていくとAVモデルプロダクションのオフィスに案内されました。
オフィス内に貼り付けてあったポスターには、プロダクション所属の単体女優が映っており、彼女たちの可愛さにくぎ付けとなった彼女は
「自分もスカウトされたと言うことは、この女性たちと同じくらいに可愛いと認められたのだ」
と嬉しくなり、認められたのだから自分もポスターの女性みたいになれるかも知れない、ならばAV女優に挑戦してみたいと思い、その場でAV女優になることを承知しました。
そして、メーカー面接では「AVでとにかくエロいことをしてみたい、あらゆるエロいことを経験させてほしい」と頼み込んだところ、老舗メーカーの専属女優としてAVデビューすることになりました。
なんとなくなった
出典http://www.dmm.co.jp/
滝沢優奈は2004年にデビューし、フェロモン系ゴージャス美女として人気を博しました。
彼女は特に何の意思もなくAV女優になっています。
高校を卒業してからキャバクラのエスコートとして働くようになった彼女は、仕事絡みでAVプロダクションの面接を受けることになりました。
当初は特にAV出演するつもりはなく、プロダクションに所属してからも最初の1年間は全く仕事をしていませんでした。
しかし、当時付き合っていた友達が皆ヘルスや援助交際をしていた影響で、何の意志も夢もなく未来も一切見えていなかった彼女は、周囲の色に染まるようにAV女優になりました。
特に不幸な人生を送ってきたわけでもなく、特に幸福だったわけでもなく、ただただ周りに流されるように性風俗産業に携わるようになった例です。
動機はポジティブであるに越したことはない
デビューの動機を、ポジティブな物もネガティブな物も、色々と観てきました。
現代のAV女優にはネガティブな理由からAV女優になる女性は圧倒的に少なくなっていますが、ネガティブな理由からAV女優になっている女性が一人もいないような見方は偏っているでしょう。
ネガティブな理由からAV女優になっている女性も、少なくなっているものの確実に存在すると言うことです。
しかし、現代のAV業界はイヤイヤながら仕事をしたところで、ほぼ活躍できない世界になりました。
その点では、夢を追ってほとんど収入なしに活動しているアイドルと似ています。
成功を手にできない可能性が高いものの、自らの意志で、ポジティブな動機でAV女優になっているからこそ、厳しい環境の中でも頑張れるのです。
したがって、ネガティブな理由でAV女優になっている女性もいないわけではありませんが、現代のAV業界においては、ネガティブな気持ちでAV女優になった女性に活躍の機会はほとんど与えられていないと考えてよいでしょう。