元公務員のAV女優、その過去、生い立ちを調査してみました
今でこそ、普通の女性がAV女優になることはそれほど珍しくはなくなっていますが、それはAV女優という職業の地位が向上したからであり、昔ではありえなかったことです。
では一昔前、社会的地位のあった女性たちはなぜあえて社会的地位を捨て、AV女優という職業を選んだのでしょうか。
ここでは、2000年にAVデビューした元公務員AV女優を紹介します。
AV女優の典型的なイメージ
通常、AV女優には以下のようなイメージがあります。
機能不全家庭に育った、親から虐待を受けた、低学歴である、精神的を病んでいる、(レイプなど)異常な性体験をしている、変態である、ヤリマンである、不真面目である、頭がおかしい、人格的に破たんしている・・・
最近ではAV女優の社会的地位は向上したため、このようなイメージは和らぎつつあります。
特に、最近の若い世代ではこのようなマイナスイメージを抱く人はかなり減ったことでしょう。
しかし、AV女優にこのようなイメージを抱いている人はまだ少なからずいます。
それは、かつては実際にこのようなイメージがスタンダードの時代があったからです。
だからこそAV女優たちは日の当たらない場所でひっそりと生きてきたし、地位向上のためにも非常に長い時間がかかり、現在進行形でまだまだ地位向上の途上なのです。
今でこそキラキラとしたいイメージをまとうAV女優が少しずつ出てきましたが、昔ではごくまれなことでした。
では、なぜそのようなイメージを抱かれていたのでしょうか。
AV黎明期はまだまだ社会的道徳が厳しく、一般的な女性がAV女優になることはあまりないことでした。
そのため、すこし道を踏み外して経済的困難に陥った女性や精神を病んでしまった女性が普通の働き方ができずにAV女優になるケースが非常に多かったのです。
もちろんそうではないケースも多かったのですが、そういう女性が多かったのは確かです。
といっても、AV業界には色々な人がおり、AV女優になる女性もまた色々でした。
中には「なぜこんな女性が?」というような女性がいたことも事実です。
現役女子大生や看護師、一流企業のOL、公務員などといった女性なども少数ながらいました。
元公務員AV女優
ここで紹介するAV女優Hは、1973年神奈川県生まれのAV女優です。
AV女優に向けられがちなイメージと比べるために、彼女の経歴を見て行きましょう。
彼女が2歳の時に両親が離婚したため、それから母親と二人暮らしをしています。
非常に仲の良い親子であり、母親公認のもとでAV女優をしています。
そのため、彼女はパブ全開(露出規制を設けない)で活動しています。
彼女は高校を卒業すると公務員になりました。
公務員にはなりたくてなったわけではなかったため、やりたい仕事が見つかればいつでもやめると母親に話していました。
母親も地方公務員だったため、彼女が「自分のやりたいことはAV女優だ」と気づいたとき、世間体を気にするのではないかと話をするのをためらいました。
しかし、彼女がAV女優になりたいこと、セックスをする仕事であること、それを不特定多数に見られる仕事であること、つまり裸を切り売りして生きていくことを伝えると、「ポルノでしょ?素敵だと思うよ」と一言言われただけでした。
大好きな母親が認めてくれたため、彼女はAV女優に徹することに決めました。
AV女優を始めた彼女は、仕事が楽しくて仕方がないといいます。
その背景には、母親が理解してくれたことが大きいでしょう。
親も子も世間体を重んじる公務員であるのに、娘はAV女優になったのですから、母親からすれば娘の暴走と見て取れないこともないでしょう。
それに、公務員は一生ものの仕事にすることができますが、AV女優はごく少数の女性だけが輝くことを許され、しかも刹那的な輝きになる可能性が高い職業です。
いくら彼女が楽しいといっても、その楽しさは長続きするものではないでしょう。
実際、AV業界で働いているAV女優のほとんどは自分を客観的に観ることができずに刹那的な生き方をしており、永遠にそのような働き方ができると思っている節がある女性も多いものです。
おそらく、Hもそのタイプの女性なのでしょう。
AV女優の覚悟
彼女はパブ全開で働いていることを誇りに思っているようです。
「顔を出したくないとか、NGが多いような女性はAV女優じゃなくてヘルスにでも言った方が儲かるんじゃないかな」と語ります。
顔を出したり、パブを全開にしたりする覚悟がない女性は、トラブルがあったら事務所に泣きつくことが多いものです。
親にばれて感動されたり、恋人に振られたりと辛い思いをすることを考えると、隠すことなくAV女優をすることができないならば、はじめからAV女優にはならない方がよいと考えているのでしょう。
AV女優は裸になる仕事であるため、オファーを受けて売れればお金はたくさん入ってきます。
欲しいものもたくさん買うことができるでしょう。
しかし、何かあった時にどうするか、どうなるかを考えずに行動するのは好ましくありません。
その点では、HのようなAV女優がもっとも適している女性だと言えるでしょう。
もっとも、誰もが彼女のようになれるわけではありませんが・・・。
そんな彼女は、男性との出会いがあって良い関係になりそうならば、自分がAV女優であることを伝えています。
当然ながら、多くの男性は拒否反応を示します。
公務員として働いていた元同僚にもAV女優になったとカミングアウトしていますが、多くの人は自分の元同僚がAV女優になったという事に対してさえ嫌な反応を示すそうです。
元同僚の元カレは「いつになったら真っ当な仕事をするんだ?」と説教をしてくるそうですが、そんなときに彼女は胸を張って、
と答えているといいます。
このように、彼女は親にも付き合った人にもカミングアウトし、結果的には応援を得ているからこそ幸せに働けているのでしょう。
NG項目もなく、あえて言えば腸が弱いためにアナルセックスをしないくらいのものです。
一般的には、プレイにNG項目を設けるのはプライドのためと思われがちですが、彼女の場合は「(AV女優であることに)プライドがあるからこそNGが少ない」のだそうです。
普通のAV女優はNGを設けています。
これは単に生理的な理由やプライド的にやりたくないプレイであることのほか、戦略的にNGを設けている場合もあります。
つまり、最初はノーマルなプレイで売り出し、ファンがついてしばらくするとノーマルなプレイばかりでは飽きられてしまうため、ぶっかけやアナルセックス、SM、中出しなどのNGを解禁しながら延命していくのです。
しかし、HにはほぼNGがありません。
ハードSM・アナルセックス・スカトロがAV撮影における三大NGとされており、これを解禁するときは大きな話題になるほか、スカトロやハードSMは場合によってはAV女優の価値を著しく損なうことからNGとされていることが少なくありません。
しかし彼女は、上記の理由からアナルセックスをNGとしているだけで、スカトロやSMなどといった人が嫌がる仕事を積極的に受けています。
また、ハードSMにおいて女優側がSを演じる撮影においては、AV男優をボコボコにするような暴力的な撮影も平然とこなします。
公務員としての退屈な日々
このような生粋のAV女優はどの様に形成されたのでしょうか。
彼女は高校時代、よく勉強をして成績は常に上位でした。
しかしよく遊んで自由も謳歌し、高校卒業後に進学か就職課を迷った結果、母親と同じ地方公務員の道を歩むことにしました。
公務員試験には簡単に合格しました。
つまり、やりたいことがなかったという理由だけでとりあえず公務員になったのでした。
市役所の中には約20の課があり、そのそれぞれに20人くらいの職員がいました。
仕事はたいして多いものではないため、だれもかれもが適当に仕事をこなしながら17時になるのを待っています。
時計を見ているのが仕事のようなものです。
Hは区民課の戸籍係をしており、婚姻、離婚、出産、死亡の書類を取り扱っていましたが、本当に退屈な仕事でした。
全員が事なかれ主義で生ぬるい人生に納得しながら生きており、10年に1回くらい昇進し、係長から課長になって60にもなれば定年という人生を送っているのを見ると、退屈で退屈で仕方がありませんでした。
お役所仕事ですから、仕事はきっちり17時で終わります。
しかし、みんな安月給ですから飲みにも行けません。
彼女の職場では野球観戦やパチンコを趣味とする人が多かったようで、職場ではナイターの話やパチンコの勝ち負けの話ばかりが飛び交い、うんざりするほどでした。
他には自分の家系を誇って威張っているような人もおり、楽しく生きよう、好きに生きようなどという人はいませんでした。
彼女から見れば、みんな自分でわざと人生をつまらなくしているように見えました。
女性の職員も似たようなもので、規則もないのに所内での喫煙を自粛したり、上司のご機嫌取りをしたり。
このような人たちは、彼女にとっては「ただハンコを押すためだけに生きている退屈な人々」でしかありませんでした。
退屈過ぎて病気になる気さえしました。
彼女は17時になったらその空間から飛び出して遊び、ストレス発散をしていました。
職場では、そのような環境でくすぶって腐って溜まった上司からのひどいセクハラがありました。
同僚の女性職員はほとんどダサい地味な女性ばかりでしたが、彼女は服装に規定がなかったため耳に8つのピアスを空けて自由にし、派手な服装をしていました。
それをみて「軽い女だ」と判断した上司は彼女のおしりや胸を触るというのは日常茶飯事でした。
そんな環境に何年か我慢していたところ、ある日調子にのった中年上司が彼女の耳を舐めてきました。
ちょうど生理痛でイライラしていた彼女はキレて労働組合にセクハラを訴えました。
しかし事情聴取の際に、上司は「私はやっていない、彼女の妄想だ」と嘘を延々とたれ続け、以降セクハラはなくなったものの、その際のセクハラはおとがめなしになりました。
このほか、男性の同僚と飲みに誘われて行ってみると、「あなたのことが好きだ、30歳前に童貞を捨てたいから相手をしてくれ」などと言われたこともありました。
ソープにでも行けといって断ると、トイレに行ったスキにビールに睡眠薬を入れられ、眠らされてホテルに連れ込まれました。
しかし、結局はその男性が直前で怖気づいてなにもできなかったため、レイプをされることはありませんでした。
洋服を破られていたため、口止め料と合わせて10万円を支払わせました。
そんなちょっと異常な性体験も経験しているようです。
上記のように、彼女にとって公務員として働くことと、それに伴う生活はすべて退屈で嫌なことばかりでした。
人間、嫌なことばかりしていると心身ともに均衡が崩れてくるものです。
均衡が崩れたことによってAV女優になったのか?というとそういうわけでもなく、彼女は21歳に結婚することになりました。
お相手は同じ役所の違う部署の男性。
当時の彼女は普通に結婚して普通に幸せになることを目指していました。
流産を転機に精神の崩壊、そして性の世界へ
しかし、その時から転落が始まりました。
結婚して子供ができたのですが、4ヶ月で流産となったのです。
旦那と親はまたできるからと慰めましたが、もう子供を作るのはほぼ不可能であることはよく知っていました。
もともと排卵が少なく体が出来にくい体質だった彼女は、受精したのが軌跡だったのです。
お腹に子どもがいるときはおおらかな気分で幸せであり、仕事のストレスもどうでもよくなったものです。
本当は安静にしておくのがベストだったのですが、仕事引き継ぎで2週間の出勤を強いられ入院を後回しにした結果、具合が悪いと思って病院で検査を受けると流産していました。
彼女は放心状態になり、頭は真っ白になりました。
子どもを殺してしまったという罪悪感で頭もおかしくなり、毎日仕事から帰るとカッターで手首を切り、血を見ることで安心していました。
彼女が狂った行為を繰り返したことで、旦那は腫物に触るような対応になりました。
優しい言葉をかけてはくれたものの、怖がっていたのは明らかでした。
子どもを殺した罪悪感からボロボロになっていた彼女は親戚からも追い詰められ、完全にノイローゼになりました。
流産後四ヶ月して、旦那から実家に帰った方がいいと言われ、離婚することになりました。
彼女は旦那を深く愛していたため、彼女からすれば一方的な離婚ですが、彼女の自傷によって結婚生活が困難になっている以上正当な離婚事由として受け入れられました。
そのことで精神的にさらに不調に陥った彼女は男性不信になりました。
彼女は昔からバイセクシャルの気がありましたが、男性不信になったことで完全なバイセクシャルになりました。
実家に帰っても煙たがられている時に女性の友達が励ましてくれていましたが、彼女のことを好きになり、初めて女性同士のセックスを経験しました。
いわゆるバイですから、男性でも女性でも両方とセックスができるというものであり、これが彼女のAV女優としてのキャリアでも活きています。
以上のように、彼女は流産を転機として激変しました。
ショックな出来事によって潜在的な女性好きの感情が現れたことからも分かるでしょう。
このような性の変化もありましたが、同時に生活も変わってきました。
流産して離婚して実家でも腫物にさわるような扱いが続き、どうにかしなければならないと思っていました。
その当時はまだ役所で働いていましたが、役所は必ず17時で終わるため、流産してから半年のころにスナックで働き始めました。
忙しく働けば気がまぎれるし、大好きなお酒を飲んでお小遣いが稼げるのが魅力的でした。
当時22歳だった彼女は、お店の人気者になり、充実感から精神的にも少しずつ良くなっていきました。
やがてスナックよりもよい給料を得るためにキャバクラに入りました。
役所が17時に終わり、18~19時にお店に入り、24時まで働いていました。
キャバクラではアフターなどもあり、客に気を使うことで疲れました。
そのような生活が続き、24歳になった時、キャバクラで知り合った客と付き合うようになっていました。
役所とキャバクラの仕事の他に彼氏との付き合いもあったため非常に忙しく、キャバクラはやめてしまったのですが、だからといって17時に役所が終わってから何もしないのは退屈であるため、次はソープ嬢になりました。
自分でもキャバクラからソープに飛躍した理由は分からないそうですが、単なる好奇心だったようです。
ソープは普通の人が目を背ける世界であり、役所勤めという堅い仕事をしているとそのような荒んだ世界が刺激的に見え、魅了されてしまったのです。
キャバクラのような精神を切り売りする仕事で嫌気がさしていたため、次は体を売ってみようという考えでした。
しかし、ピンサロはキャバクラより給料が安く、ヘルスは中途半端だと感じたため、ソープを選ぶことになりました。
プレイ料金は5万円の高級店で、好奇心から入っていたため何の抵抗もなく、むしろ楽しみながら働くことができました。
プライベートでは愛のないセックスはしない彼女ですが、仕事ならば別だと割り切ることができます。
あくまでもビジネスと割り切り、誰とでもセックスすることができます。
羞恥心もなければ抵抗もなく、恥ずかしいという感情がないため恥じらう演技が大変だというくらいです。
AVもそうであり、期待されれば恥ずかしい演技をしなければならず、それが難しいそうです。
AVでは、視聴者が恥じらいある女性に興奮することが多いため、恥じらう演技を求めるのはよくある事なのです。
ソープに入ってすぐに仕事だと割り切れた彼女は、最初からどんなプレイも平気でした。
週3回出勤し、一日2~3人を相手し、1回あたり3万円の収入ですから毎月ボーナスがあるような感じでした。
しかし、体を売る女性の多くが経済的問題を抱えているのとは裏腹に、彼女はお金のために仕事をしているのではなく、買いたいものがあるわけではありません。
忙しくなるほどお金は貯まっていき、ついには母親が持っていた土地に鉄筋コンクリートの3階建ての一軒家を立ててしまいました。
しかし翌年、不景気の影響か、ソープでの稼ぎが減ってしまったのです。
ここまで読んだ人はもうおわかりでしょうが、彼女は「退屈」とか「やることがない」とか「暇」ということが苦手な性格です。
そのため、ソープの延長の感覚でAV女優をやってみようという事になりました。
やってみると楽しくて仕方ない世界でした。
本当に生きがいを感じられる仕事であり、高校を卒業してから社会で9年間働き、やっとやりたいことがみつかった思いだといいます。
風俗の仕事は親に隠していましたが、上記の通りAVの仕事はカミングアウトしています。
AV女優の仕事に専念するために、役所もやめました。
彼女がAVデビューしたのは2000年のこと。
1999年11月に役所を円満退社し、AV女優とライター業に精を出しました。
2016年現在はどうしているか知るすべがありませんが、AV女優になることによって退屈な世界と決別し、楽しくて仕方ない世界に入ることができたと思っている女性もいるのです。
彼女は流産の傷もAVによって癒されたといいますし、活きている実感を始めて得られたと語っています。
HのようなAV女優もいると知ることは、AV女優に対する正しい見方を培う助けになるでしょう。
彼女は、機能不全家庭に育ったわけでもなく、虐待を受けたわけでもなく、むしろ母親とは仲が良く、成績はトップクラスに優秀で、元公務員の優秀な女性です。
公務員以降は異常な性体験をしたり、精神を病んだりしたこともありますが、時間をかけて心身ともに健康になった後にAV女優になっています。
つまり、AV女優の共通する特徴の一つとして「性格」が挙げられそうです。
特に好奇心の強い性格からAV業界に入ってくる女性は多く、また、その好奇心を満たすだけの魅力があるのもAV業界なのです。
まっとうな仕事してるよ。
男はみんなエロ本とかエロビデオで抜いてるんでしょ。
だったらなんで一生懸命やってるのを『まっとうじゃない』といえるの?